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追いコン。

こんにちは。
もうすぐ3月も終わりますね。早すぎる。

大学は追いコンシーズン。
追い出しコンパ、新歓コンパ、合同コンパと、なにかにつけてなんたらコンと理由をつけては酒を浴びるように呑んでいるのが大学生ですが、「法政文芸」編集委員会も例に漏れず、今年で卒業される4年生のI先輩のために追いコンを開きました。

I先輩が1年生のころというと、「法政文芸」は第2号の編集中。
当時はまだなにをするにも手探りの状態で、いろいろと苦労も多かったのではないかと思います。
時は流れました。
「法政文芸」は今年で第6号の刊行を迎えます。
私は第4号から編集に携わりましたが、少しずつ形を変えながら、着実に成長してきているんではないかなあという実感があります。

呑みの席で、先輩は「法政文芸の編集委員をして本当によかった。いろいろな経験を積むことができ、続けてきてよかった」と語っていました。
そして、「法政文芸をもっともっと大きなものにしていってほしい」とも。

「法政文芸」を、もっといろんなひとに、ひとりでも多くの人に読んでもらえる文芸誌にしたい。
その思いは私も同じです。

ひとまず今は第6号に向けて動くことでいっぱいいっぱいの編集委員ですが、こうした思いを形にしていくために、先輩方が繋いできたものを無駄にしないために、これから私たちがどう動いていくか、真剣に考えていかなくてはなあと思っています。


I先輩、ご卒業おめでとうございます!
編集委員一同、これからも頑張ってまいります!
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【レビュー】『季節の記憶』保坂和志

みなさんこんにちは、副編、二度目の登場です。
どうでもいいことですが、ネット上ということで、この記事はいったいいつ頃皆さんがご覧になるのかよくわかりません。だから、「こんにちは」を使うんでしょうね。
一度、「こんばんは」と言ってみたい。どことなく怪しげですよね、かっこいい。

ではでは、恒例(?)のレヴューを書きますよ。


季節の記憶季節の記憶
(1996/08)
保坂 和志

商品詳細を見る


今回は、保坂和志『季節の記憶』です。
『平成』を語るには欠かせない作家だと思います。
著者は90年『ブレーンソング』でデビュー。
今回のレヴューで取り上げる『季節の記憶』は97年に発表され、谷崎純一郎賞、平林たい子賞を受賞しました。
舞台は鎌倉・稲村ケ崎。一児の父である主人公(38歳)、息子の圭太(あだ名はクイちゃん、5歳)、近所の松井さん(44歳)、その妹の美紗ちゃん(24歳)、美紗ちゃんの友達で離婚して越してきたナッちゃん、この5人を中心に物語は動いていきます。

昔、どこかで見た言葉に「散文は散歩、韻文はダンス」というのがあって、すごく納得した記憶があります。『季節の記憶』も、まさしく散歩のような小説です。
先に紹介した5人の会話や散歩を中心にして、ゆったりと特別な事件が起こることもなく小説は進みます。
従来の小説のような起承転結が、はっきりとした形で表れてこないのです。
しかし決して読みづらいわけではありません。
ごく自然な文体で、優しく流れていくように紡がれていく物語は、気づけば自分たちの中に驚くほど自然にしみこんでいきます。
初めて読んだときは、これが小説の力か、と私なりに感動しました。
日常にひそむ、どこか心に引っかかる、だけど目立った形では表れない、そんな日々の些事が数珠状に連なり、この物語はできているのです。
私自身が保坂さんの大ファンで、創作をしている人たち向けに書かれた『書きあぐねている人のための小説入門』という本が家にあります。
大学では一応創作のゼミに所属しているので、小説作法のようなものが書いてある本をよく読むのですが、この本の最後の章のタイトルは「手を休めて、窓の外を見る」です。
もう一冊お気に入りなのが、高橋源一郎さんの『13日で「名文」を書けるようになる方法』です。
これは最初の章のタイトルの一部分なんですが、「素敵な文章を読んだ後は、とりあえず窓の外を眺めてみる、ということ」とあります。


『季節の記憶』を手にとり、本からふと顔をあげて窓から外を眺めてみるとき、そんな時にこの小説は力を持ってくるような気がします。

テーマ : 書評
ジャンル : 小説・文学

『いつか記憶からこぼれおちるとしても』江國香織

こんにちは。
学生編集員です。


長い春休みが終わり、新学期が始まりました。
法政文芸の会議もこれからさらに頻繁になりそうです。
学生企画の「平成のライフスタイル」だけでなく、「文芸のインディーズ」班も週に1度くらいの頻度で中沢先生の研究室で会議をしています。
水面下でちょこちょこと動いているのです。
オモチロイ(中沢先生風に言ってみました)企画になりそうですので、こちらもお楽しみに!



さて、わたしも先輩方に続いて書評をひとつ。
と言いたいところですが、申し訳ないくらい拙い文章ですので、書評というより感想文ですね。
お恥ずかしいです。


いつか記憶からこぼれおちるとしても (朝日文庫)いつか記憶からこぼれおちるとしても (朝日文庫)
(2005/11)
江國 香織

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青春時代に誰もが感じたような、言葉にし難い感情をテーマにした短編集です。
主人公は、とある私立の女子高の同じクラスに在籍する10人の女の子たち。
平成の学生生活を描いた作品を探してみると、部活動を舞台にした青春モノが多いのですが、この作品はまったく違います。
読んだ後の爽快感を求めている人にはちょっとオススメできません。
17歳の頃の甘酸っぱかったりほろ苦かったりする、まさに「いつか記憶からこぼれおち」てしまうだろう一瞬の感情を閉じ込めた1冊なのです。


わたしがこの本を読んだのは大学に入ってまもなくの頃です。
つい最近まで女子高生だったわたしにとって、衝撃的な小説でした。
その理由のひとつは、登場人物の気持ちが痛いほど共感できたから。
登場人物の10人の女の子の中で、私に似ていると感じた女の子はひとりもいません。
(そもそも都内の私立の女子高に通い裕福な家庭に育つ彼女たちと、田舎のごく普通の共学の高校に通っていた私とではライフスタイルからして違いますから。)
でも、仲良しのグループのなかでふと感じる孤独感とか、大人っぽい容姿の同級生を羨ましく思った気持ちとか、きっと女の子だったら一度は感じたことがあるような気持ちが描かれていて、「ああ、私も確かに同じことを感じたんだった」と驚きにも近い共感の気持ちがありました。
そしてそのあとにふと昔を懐かしむ気持ちが湧いてきたりして、私の心に深くしみてしまったのでした。

もう一つの理由は、この作品で描かれている、主人公たちの「いつか記憶からこぼれおち」てしまうであろう感情は、つい最近まで女子高生だった私の記憶からもすでに零れ落ちてしまっていたということに気付いたからです。
この小説を書かれた作者の江國香織さんは本当に素敵な作家だと思います。
私よりずっと大人でありながら(この言い方は失礼かもしれませんね)子どもの心を忘れない作家だから。
もう少し前まではたしかに感じていた大人への不満や、制服を着るということの安心感(どこそこに所属しているというのは妙に安心するものです)。
それらは確実に今の私から失われていたことに気付いたのです。悔しいけれど。


もしこの本を男性が読んだらどう感じるのでしょうか。
昼休みのチャイムが鳴ると校庭に走って行ってバスケットなんかをしていたり、廊下でふざけあっていたりしていた男の子たちに読んでいただきたいものです。
女の子が好きそうな小説だな、と思うのかな。
ふうん、女の子はこんなことを考えるものなんだ、と納得するのかな。
あるいは初めてデートした女の子のことを思い出すのかも。
断然、女の子にお勧めしたい小説ですが、男の子が読んだらどう感じるのかも気になるところです。



テーマ : 書評
ジャンル : 小説・文学

【レビュー】『永遠の放課後』三田誠広

こんにちは、はじめまして。
編集委員のH・Nです。(N姓が法政文芸にはたくさんいます)


↓ わたしが今回レビューさせていただく作品はコチラです。 ↓

永遠の放課後 (集英社文庫)永遠の放課後 (集英社文庫)
(2006/06)
三田 誠広

商品詳細を見る


『いちご同盟』に続く、書下ろし恋愛青春小説。

『永遠の放課後』

誰もが経験するような、誰も経験したことのないような、そんな学生生活が、ここにはあります。


この小説は、「恋愛小説」と単純にカテゴリ分けすることはできない小説だと思います。
まず、主人公の視点から書かれているので、主人公以外の登場人物が隠している過去や感情がなかなか明らかになりません。そこが少し不気味で、ミステリーのようでもあります。
また、中学生から大学生までの、いわゆる“青春時代”における、勉学や部活動にいそしむ姿、人生や将来に悩む姿なども描かれていますし、家族関係の縺れやまたその解消など、“大人になる”ということがいったいどういうことなのかも考えさせられる話になっています。

この小説には、三つの三角関係があります。
①主人公「ぼく」、紗英、杉田。
②主人公の父親、母親、綿貫。
③星ケン、ヒミコ、友人。

誰か一人が身を引かなければならない悲しい関係に、主人公の父親は失踪し、星ケンは自殺してしまったのでした。
それを知った「ぼく」は、果たして彼らと同じ道を辿ってしまうのか………?

そして主人公が選んだ答えは、予想外でありきたりな結末は、「ハッピーエンド」と呼べるのでしょうか。
きっとそれは、わたしたち読者にはわかりません。
それはきっと、これからの彼らが決めるのでしょうから。

作者の三田誠広が60代ということもあり、言葉遣いに少し昭和っぽさを感じますが(女性が「~かしら。」「~わよ。」を多用する点など)、女性が積極的で男性は消極的(いわゆる“草食系“)なところは現代を感じさせます。
「昭和っぽい」と言っても難しいわけではなく、すらすらと読み進めることのできるとても読みやすい小説でした。
あまり読書をしないという方にはおすすめです。

読み終わった後は、この素敵なカバーデザインのように、とても透き通った、さわやかな気持ちになれることと思います。

テーマ : 書評
ジャンル : 小説・文学

【レビュー】『猛スピードで母は』 長嶋有

編集委員のK・Aです。

出席番号は生まれてこのかた№1。

相田、相沢、相川……
未だ見ぬ強敵の存在が気になって夜も眠れない、
なんてことは
あるはずも
ない
わけですが。


そんなK・Aが作品紹介をひとつ。



長嶋有 『猛スピードで母は』
2002年、第126回芥川賞の授賞作です。

猛スピードで母は (文春文庫)猛スピードで母は (文春文庫)
(2005/02)
長嶋 有

商品詳細を見る



題名に釣られて手にした作品なのですが、確かに「猛スピード」が出ていました。

あらすじ等々、レビューと呼べるものにできるかどうか定かでないので、
読者の感想にて何か伝わればと思います。



母と息子。
この二人からなる母子家庭が作品の舞台となっています。


母は運転席に座り、子が助手席に座る。
母が車を動かし、子はその動きに乗る。

「猛スピード」とはこの車の動きです。


母は前方を見てアクセルを踏み込みます。
ぐーっと力強く、逞しく。
まさに猛々しくスピードを上げて。
前へ前へと突き進んでいきます。

踏み込んでいく力は、母そのもの。

子が見たものは、その母の横顔。



全体が息子の視点から描かれたこの作品は、子供の目に正直に描かれているように感じます。
見たいものにピントを合わせるのでもなく、見たくないものをフレームから外すことでもない。
ただ見えたものを受け取る。

そんな目で写された情景は、私の目にも優しいものでした。


母は色々なものを見て、子は色々なものに目を向けて、その中でお互いがお互いを見ることもあります。
しかしその時、目と目を合わせるのかというと、
必ずしもそうではないのです。

二人が見たものは相手の横顔でした。
それこそが運転席と助手席の距離で、母と息子の距離感です。

相手に見せる横顔が、その時その人の心を物語っています。


この絶妙な距離感を包んで、車は「猛スピード」で走ります。


「猛スピードで母は」
作中の息子がこう見ていたのなら、

「猛スピードで突き進む母を見た息子は」
読者の私たちはこれを考えることもできるでしょう。

その先が作品には込められている、私はそう思うのです。



拙い文章でしたが、ここまでお付き合い頂けていたら幸いです。

【レビュー】『対岸の彼女』 角田光代

こんにちは、はじめまして。

学生編集委員です。

読書量の少ない身で恐縮ですが、レビューを書かせていただこうと思います。

今回私が書かせていただく作品はこちら。

対岸の彼女対岸の彼女
(2004/11/09)
角田 光代

商品詳細を見る


2005年に第132回直木三十五賞を受賞した作品です。

角田光代さんは数多くの受賞歴をお持ちですが、

1990年、『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞したのが最初で、
(厳密に言うと、『お子様ランチ・ロックソース』が最初ですが)

最近では2007年に「八日目の蝉」で第2回中央公論文芸賞を受賞しています。


全くといっていいほど本に興味のなかった私が、

たまたまこの本を見つけて夢中になって読んだのは中学生の時でした。


「私って、いったいいつまで私のまんまなんだろう。」

この冒頭を本屋で目にした瞬間、買おうと決意したのを今でも覚えています。



号泣したり、大笑いしたり、胸が締め付けられたり……

そういうのとは違う、自分の中に  スッ  と

入ってくるような感覚を、私はこの時初めて味わったように思います。



「葵」を見つめる「小夜子」、「魚子」を見つめる「葵」……

そして、「小夜子」を見つめている私。

その連鎖がそのような感覚にさせたのかなと、

大学生の今、改めて読んでみて考えてしまいました。

先入観のせいかもしれませんが、文章がとても女性的に感じられ、

それも手伝って、文章に読みなれない私にも易しく感じられたのかもしれません。



レビューというよりほぼ感想になってますね…。

読者にとって「近い」作品、といえばいいのでしょうか。

読んだ年齢によって、感じ方が違う小説なんじゃないかと思います。

至極当然のことを言っているかもしれませんが、

自分を例にあげるならば、中学生のときと、大学生の今。

そして、これからもう少し大人になったとき、おばあちゃんになったとき……

そうやって何年かに1度読み直すと、違う印象を抱くことのできる作品だと思うのです。



【レビュー】『パーク・ライフ』吉田修一

こんにちは。学生編集長です。
まだまだ寒い日が続きますね……。

さて、きょうもレビューです。

今回はこちらの作品について書いてみようと思います。


パーク・ライフパーク・ライフ
(2002/08/27)
吉田 修一

商品詳細を見る


吉田修一さんの芥川賞受賞作、『パーク・ライフ』です。
初出は2002(平成14)年、「文学界」の6月号。
ちょうど、サッカーの日韓ワールドカップが開催され、日本中が熱狂と興奮の坩堝と化していたあのころの作品なんですね。
折しも今年2010年はワールドカップ・イヤー。
当時の盛り上がりを思い出して、ちょっと懐かしくもなります。
だってなんだか今年は全然盛り上がりそうにないんだもの。

『パーク・ライフ』は、「主にバスソープや香水を扱う会社で広報兼営業を担当している」サラリーマン「ぼく」が地下鉄で偶然にして知り合った女と日比谷公園で再会を果たすところから始まる物語。
これを読んで、日常をそのまま切り取ったものという印象をもちました。
東京・日比谷公園を舞台に描かれる物語は、「物語」と称するほど大げさなものではなく、言ってしまえば、いかにもありそうな話。
なんですが、それにはいくつかの偶然が重なり合っていて、そのどれを除いても成り立たない。
なにげない日常の出来事からいろいろなひと・ものが繋がっていく。
偶然のひとつひとつがさして突飛なものでないことも、この作品をよりリアルなものにしています。
オチらしいオチがないのが関西人気質な私にはちょっと「えっ」となってしまったところではありますが、こういうほのぼのとした小説は好きですね。


それにしても、実は岐阜県出身の私、日比谷公園に行ったことがなかった!

『パーク・ライフ』を読んで、とてもとても行ってみたくなった!


ということで、



20100225110350_convert_20100421145907_convert_20100421152016.jpg

行ってみた。


いやね、あらかじめお断りしておきますよ。


決して! 決して私はね! 出会いとか! 偶然だとか! そういう動機でここへ来たわけではなくてですね!


そのような! 出会いとか! 不純な! 不埒な! 淡い期待だとかそういうのは一切! 一切ないわけです!



20100225110538_convert_20100421152049.jpg

ほらほらこの石垣の階段をのぼると『パーク・ライフ』の男と女が出会ったベンチがあってもしかしたらとか……




20100225110715_convert_20100421152122.jpg

そういう期待の一切を打ち砕く静寂。


タバコ吸ってるオッサンしかいない……というかそもそも会話してるひとがいない……!


まあ、あれです。小説は小説。現実は現実。


日比谷公園はもうちょい暖かくなってからまた来たいです。スタバ女を探しに!←懲りてない


『少女七竃と七人の可愛そうな大人』桜庭一樹

タイトルが長すぎて入りきらないため、【レビュー】は省略です。
はじめまして。編集委員です。
会計の仕事をしています。


今回レビューさせて頂くのは、ズバリこれ!
桜庭一樹著『少女七竃と七人の可愛そうな大人』!
ちなみに七竃は、『ななかまど』と読みます。
こんな漢字読めないですね、普通。

nanakamado.jpg




桜庭一樹は、非常に現代的な文壇デビューをした作家でしょう。
彼女は、もともとライトノベル作家でした。
ラノベ時代に書かれた作品で注目を浴び始め、
その後2008年には直木賞を受賞。
一躍文壇に躍り出て、今も第一線で活躍している作家です。2000年以後に注目され始めたライトノベルという括りから、広く名の通った賞を受賞し、桜庭一樹は世間一般から読まれる作家となりました。



作者の紹介が済んだところで、今回のレビューをば。
『少女七竃と七人の可愛そうな大人』は、ラノベ的な読み味の軽さと、
大衆向け小説としての楽しめつつも心痛む物語性を持つ作品です。
丁度、桜庭一樹のラノベ時代から直木賞受賞までの過渡期に書かれた作品なので、テンポの良い文章と、読ませるストーリーがうまく混合しています。


主人公の川村七竃は、「たいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった」娘で、街行く通行人の目を奪う美しさは、いつも噂されるほどのものでした。そのため七竃の美しさを独占したり、売り物にしようとしたりと、彼女の周りには、彼女を囲い込んでしまおうとする、可愛そうな大人たちが群がっています。
例えば男遊びの過ぎる母親。例えば東京の芸能プロデューサー。
例えば家の飼い犬。例えば母親の友人の女。
七竃の美しさしか目に映らない可愛そうな大人たちに、
彼女は怒りを覚え、そして自分の美しささえ遺憾に思っていました。


そんな彼女の、心を許せる唯一の友人が、桂雪風という名の少年。
雪風も七竃と同じ、凄まじいまでの美少年です。
そして二人は、美しさに垣間見える面影も、どこか似ているのでした。
七竃と雪風は、お互いの趣味である鉄道模型を共通言語としながら、似通った「あまりの美しさ」という問題を、共有し合います。


狂おしいまでの美貌を持つ二人にしか理解できない世界が、七竃と雪風の間に形成されていく一方で、流れ行く時間と二人を取り巻く大人たちが、七竃と雪風に決別をもたらします。
幼年からの長い期間を経て徐々に作られていった彼らの世界の中では、七竃の美しさは、すなわち雪風の美しさであり、二人のかんばせは同一の様相を呈していました。
七竃と雪風にとっての決別とは、異性としてお互いと別れることではなく、もう一人の自分との別れなのです。
もう一人の自分と別れる瞬間、美しい彼らは何を思うのか。
その刹那が、この物語のクライマックスです。
長々と書きましたが、世界観も統一されていて面白い作品なので、是非多くの人に読んでもらいたいです。



桜庭一樹の書く少女がテーマの作品は、生き生きとした登場人物たちの躍動感や、十代の心の瑞々しさと刺々しさがあって、ダイナミックに読ませる部分と、しっとりと心の奥に沁みる感傷があります。

でも作中の人物たちに感情移入できるかと言うと、そうではなくて、ひとつの個性として主人公やその他の登場人物を、作品の受け手の立場で、一歩引いて見ることができるんです。

そのことがマイナスの面として働くのではなく、桜庭一樹の作品全体を、より見通しやすくし、作者によって完成された、他人の手の入らない一つの箱庭のような世界観に仕立て上げている。

そういう意味で、桜庭一樹の作品群は、大衆文学として非常に優れていると思います。誰にでも分かり易くて、受け手を魅了する、楽しめて心動かされる内容となっているのですから。

テーマ : 書評
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

法政文芸編集委員会

Author:法政文芸編集委員会
法政大学国文学会が発行する文芸誌「法政文芸」編集委員によるブログ。編集の様子やオススメ本の紹介など、個性豊かに発信していきます。法政文芸のバックナンバー、その他のご質問はこちらまで→hosei.bungei@gmail.com

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