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学祭なので

こんにちは、学生編集長です。
思った通り、屋台企画は明日、設営兼企画開始になったんだぜ。


というわけで、10月31日から11月3日までは学祭期間なので、法政文芸ブログをお休みします。
なぜかって?それは学祭に集中できるようにさ!
4日間だけは法政大学から自由だ~!
みんな学祭を楽しむんだ~!
でも、本当は学祭4日間って長いよなと思ってます(チーン


では、今日はこれにて!
僕はチョコバナナを売る人です。
みんな買いに来てね!
大内山デッキ入って真正面です。
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黄色い目の魚

こんにちは。学生編集長です。


田中和生先生のゼミからゼミ誌を頂いたので、部室のロッカーに入れておきました。昼・夜ゼミとも一冊ずつしかないため、無くさないよう、気をつけましょう。
今回の掌編セレクションの選び方ですが、文学研究会や日本文学研究会の冊子も選考対象になり、読むべき作品数が多くなってしまうので、ゼミ誌を全員に回すのではなく、グループ分けして読もうと思います。
例:田中昼夜ゼミ誌を五人班で読む。別の五人は中沢ゼミ。
で、各班からみんなが良いと思った作品を一つまたは二つほど提出してもらい、最終的な選考はみんなで行う、と。
この案どうすか?
学祭明けたら会議で聞いてみよーっと。


いま、佐藤多佳子さんの『黄色い目の魚』(新潮文庫)を読んでます。
絵が大好きでぶっきらぼうなとっつきにくい少女「みのり」と、学校の落書き王という異名を持ち普段はやる気のなーい少年「木島」の、デッサンを通して語られる、変な関係。
二人の恋愛小説かってーと、そうでもなくて。二人の関係は、木島の落書き(デッサン)で薄く繋がり始めたんだけれど、木島がみのりを執拗にデッサンしていくことで、その糸は次第に強靭になっていく。二人は学校じゃあお互いに話したりしないけれど、無言のデッサンを通して、彼らはお互いに会話をしているわけです。
木島はみのりをデッサンすることで、何かに向かって本気で突っ走ってみることを体現する。みのりはみのりで、絵が好きだけど上手く描けない自分に、「はたして絵のために何ができるのか」を探そうとする。
二人の成長なんですね、これは。
ある日突然、小さなキッカケが、青春に賭ける情熱というか迸るパトスというか、得体の知れないパワーを生み出し、それを原動力に高校生たちは成長していく。
その過程を描くことが『黄色い目の魚』の主題なんじゃないだろうか。
まだ最後まで読んでないので、本来どうなのかは分からないんだけど(オイ



というわけで、最後まで読むのが楽しみ!
もう三分の二は読んだから、明日には読み終えるかな。
では、今日はこれにて!

台風がやってくる。

ついに国文学会から、「法政文芸を委託販売してもいいよ」のお許しが出たぜー!!まずは手始めに、うちの学校の生協から浸食していくとするか。
でも、とりあえず学祭が終わってから本格始動するとしよう。


台風14号、近づいてますね。
でも、毎回毎回、台風って「非常に強い」と評されている気がする。
実際に東京まで来ると、そんな大したこともなかったりするんだよね。
いや、それはうちの地域だけか?
23区からも市町村からもハブられてます、東京のエアポケット、東小金井。
もしかしたら、台風からもハブられているのかもしれない。
ある意味、台風の目。でも言葉とは裏腹に、東京都には何の影響も与えてないんだな。だから、何らかの渦中の地域にもなることはあり得ない。


台風で思い出しましたが、今日の中沢ゼミでは「天気を表す言葉、何があるか」というのをみんなで出し合い、意味を調べました。
そこで僕が思いだしたのは、山下景子さんの『美人のいろは』という本。
この本では、いろは歌の順にそれぞれ頭文字が対応している言葉を載せ(例えば、『い』だったら『彩』、『ろ』だったら『六根』など)、彩なら色に関する様々な言葉を派生的に紹介している本です。
この本に、天気を表すいくつかの言葉があるんだなあ。


『晴れ』という意味だけ取っても、
五月晴れ・秋晴れ・凍晴れ・雪晴れ・夕晴れ・日本晴れ
など、それぞれ説明があるので、読んでて楽しい。


ちなみに、問題となった『日和』の意味に関して。
万葉集に「飼飯の海の 庭好くあらし 刈薦の 乱れ出づ見ゆ 海女の釣船」という和歌があり、この場合の「庭」は「海上」のことを指す意味で、万葉仮名では「日和」という字があてられていたそうです。
それを、後の人々が、日が穏やかである、という意味だと勘違いしてしまい、『ひより』と読まれるようになったのだとか。『日和』という言葉、もともとは、海上の天気を指す意味に限られていたそうです。
(参考:山下景子『美人のいろは』P157より)


普段何気なく使っている天気を表す言葉、調べてみるとまだまだ裏話や秘密がありそうです。中沢先生が仰っていましたが、「天気の言葉をたくさん知っていると、そのぶん、小説の世界が広がる」だそうですから、小説を書く人は、天気の表し方にも気を配ってみると良いかもしれません。
では、今日はこれにて!

学祭前です。

こんにちは。学生編集長です。
うう、風邪のせいで毎日更新できなかったっ!
ちなみに今日からちゃんと学校へ復活しました。
お昼過ぎ、副編集長が市ヶ谷の駅にいたので、市ヶ谷駅前交差点のとこで声をかけて、ぶらぶらと一緒に登校しました。


もうお馴染みとなった毎週木曜日の会議ですが、今週は学祭準備などで皆忙しいので、会議なしにしました。中沢ゼミのゼミ誌校正の話も、現在どうなっているのか状況が分からず、あんまり話す議題もないしね。


いま、法政のキャンパスは学祭に向けて準備が着々と進められています。校内のビラ貼りも万全の態勢で、どこの階に行ってもペタペタ、ペタペタ、とビラばっかり!今日は、ピロティ横の広場に野外ライブ場が設営されていました。
あれはどこのサークルがやってるんだ?機材準備するサークルがあったはずだけど、そこかな。名前は忘れた。
とにかく、いろんなサークルが学祭前準備で忙しいです。
直接学祭には関わりのない法政文芸にも影響はあって、編集委員は他のサークルと掛け持ちしている場合がほとんどなので、やっぱり学祭前はどうしても他のほうを優先しなきゃならないです。
かく言う僕も、チョコバナナ売る予定です。
でも、準備日の30日と初日の31日は、どうやら雨降りの模様ですね……雨の中でするのは嫌だなあ。いや、真に可哀想なのは野外ライブを行うグループか。


まあ、雨が降っても一年に一回の学祭、楽しみましょう!
来年は余裕があったら法政文芸も出店したいぞ。
で、法政文芸売る、と。頒価1000円だけど。
学生に売れるのか、この値段。
では、今日はこれにて!

電子書籍

こんにちは。学生編集長です。


佐々木俊尚さんの『電子書籍の衝撃』を読みました。
iPadやキンドルなど、何かとマスコミを騒がせていた電子書籍デバイス(iPadは、電子書籍の機能だけじゃないけれど)ですが、それがこれから先どのように書籍のデジタル化に関わってくるか、よく分かる新書です。
iPodがCDを喰らい尽くしたように、電子書籍デバイスも、プラットフォームを拡大していき、これからゆるやかなペースで本の電子化が進むと思われます。
本の内容は細分化していき、マイクロコンテンツとして検索できるようになり、SNSのような機能を備えたプラットフォームで、読者にとっての最良の一冊が簡単に見つけられる環境が整います。
書籍はアンビエント化(偏在化)し、どんな書籍でもすぐに手に入れられるようになります。そこでは、過去も現在もごっちゃになって、書籍の時間軸がフラットになっていく。もちろん、プロアマ問わずそういった電子ブックを書く、セルフパブリッシングが行われ、その差もフラット化していきます。


読者にとっては良いこと尽くめの電子書籍ですが、もちろん問題もあります。デバイスの電池や重量などマテリアルな問題は、開発が進めばいつかは解決するものですが、従来の書店の存在が脅かされる危険性など、社会的な問題も電子書籍は孕んでいます。
電子書籍デバイスで一瞬で本を買えるのなら、書店には誰も行かないでしょう。
iTunesで音楽を1トラックずつ買えるのと同じように、読者は自宅にいながら指一本で書籍を購入できます。
『電子書籍の衝撃』では、このような書店の未来をめぐる論もいくつか展開していますが、結局のところ、具体的な救済策は別な話のようです。
ぜひ、佐々木俊尚さんには『電子書籍の衝撃2 ―出版に関わる人々の未来について―』というような新書を、新しく書いてほしいな、と僕は思います。


個人的には、電子書籍デバイスが普及したら(それこそ音楽で言うところのiPodのように)、やっぱり買ってしまうんじゃないかと思います。
また、直観的で利便性のあるプラットフォームが完成し、その中でセルフパブリッシングのサービスが開始されたとしたら、そのサービスも利用してみたいです。
今まで本屋に平積みされたり、帯に殺し文句が入っていたり、著名な著者だからみんなが購入する、という宣伝効果は、書籍のアンビエント化によって一度解体され、読者の口コミや感想によって新たにリパッケージされると本文にはありますが、そういう本の内容と関係のない外殻が再構築されても、売れる本は売れると思うし、その逆もまた然りだと感じます。
ただ、読者にとっては、より「自分が思う最高の本」と出会いやすくなるのは確実でしょうね。
アマゾンの「あなたにおすすめのアイテム」という欄が表示されるように、購入履歴や閲覧履歴から、個々人の好みに合わせた本を見つけられる機能は、間違いなく電子書籍プラットフォームに実装されるでしょう。
ただ、僕は本屋に行って実際に本を手に取るのが好きなので(もちろん読書する際も)、よっぽどデバイスが普及しない限り、電子書籍デバイスは買わないです。
それこそ、一家に一台レベルの普及だったら買うけど。


電子書籍、便利であることには変わりないのですが、見方を変えると、利便性に付随してくるいろいろな問題が見えてきます。読者にとっては良いかもしれないけど、書店や出版文化にとっては都合の悪い面もあるでしょう。
何かにつけて「便利だ、すごい」と言うだけではなく、その影に何が隠されているのかを知ることが、物事を多角的に見ていく能力だと思います。
物事を見る際は、いろんな立場からの視線を持っていたいですね。
では、今日はこれにて!

書き手として法政文芸を見る

こんにちは。学生編集長です。
今日は法政の文学研究会が、ゆきかぜ学祭号の製本をしていました。
できあがったゆきかぜを何部かもらってくるので、法政文芸のロッカーに入れておきますね。
同じ学生が書いた作品が載っているので、興味のある人はぜひ。
掌編セレクションにも選べるかもしれないからね。


ちなみに掌編セレクションという柱が法政文芸に加わったのは、第四号からです。
田中和生先生が以前仰られたお話では、「ゼミ誌だけではなく、法政大学で発行されている創作関係の冊子を集めて、そこから良い作品を載せていくのが、掌編セレクションの理想だ」ということでした。
四年生の卒業制作だけではなく、文芸コースに属していない学生でも、自分の作品を公に発表できる場があるというのは、良いことだと僕は思います。


もちろん、編集委員としてもそう思いますが、一人の書き手としても、同じ思いです。
やっぱり自分の書いた作品が本に載って、人の目に触れたなら嬉しい。
初対面の人に「文章の書き手」、と呼べるほどには僕は素晴らしい創作をできるわけではありませんが、小説やエッセイを書く、もっと言えばこうやってブログを書くことも、広い意味で書き手という範囲に含んでもいいと、僕は思います。何かものを書いて、それを他人に公表できるという条件がそろえば、人は誰しも書き手たるのではないでしょうか。
しかし、創作というからには論文はちと違うんじゃないかな、と感じますが(笑)


書き手としての自分が一番うれしいことは、小説やエッセイを書いてみて「お、これはまあまあだぞ」と思った作品が、手にとって読める冊子となって、誰かに読まれることです。
たぶん、「書き手の喜び」は人それぞれ違うと思いますし、どういう喜びが正しいのか妥当であるのかといった答えはないと思います。あたかも、人それぞれにとっての幸福の意味が異なるように。


僕はブログの記事を書いて、それが他人に読まれることも嬉しいのですが、更に幸福を感じるのは、自分の作品が手にとれる冊子形式(マテリアル)として現前することです。
ワードソフトで原稿を書くのも良いけれど、それをデータとして保存しておくだけではなくて、原稿用紙設定したA4用紙に印刷してホッチキスで留めると、綴った文字がリアリティを持ちます。
そういうのは、やっぱり画面上で見るよりも、迫真性がある。
目に見える冊子になっている、という事実が大事なのでしょうね。


法政文芸の掌編セレクションは、法政の学生の「私の作品が本に載って、誰かの目に届けば嬉しいな」という想いを届ける、大切なコンテンツのひとつです。
それを学生編集委員が選ぶのだから、これはもう、妥協は許されない!


法政文芸のあり方を考える上で、「私の作品を載せ、それが誰かに読まれる」という想いは大事なことです。だからこそ、載せる文章に時間と人をかけて校正をし、ベストな状態で大勢の人目に触れるようにしなければならない。それは法政文芸だけではなく、一般に流通している書籍も同じだと思います。
そしてその想いを、冊子という目に見える形として丁寧にパッケージし、誰かに届ける仲介となるのが、法政文芸の中での、編集という仕事だと思います。


さて、今日も長々と書いてしまいました!
どうも、毎回固い話になりがちで申し訳ないです^^;
誰か他の編集委員も更新してくれないかなあ……。
では、今日はこれにて!

めぐる、ということについて。

こんにちは。学生編集長です。
みんな、21日の会議内容は見てくれたのかな?
まだ見てない学生編集委員は、ぜひ。


昨日帰りの電車の中で、「自分が生まれる前から、いま目の前に座ってるおじさんやおばさんは生きていたし、自分が生まれた後に、いま横で母親に抱かれている赤ちゃんは生まれてきたんだな。こんな当たり前のことなのに、自分がいなくても世界は動いているし、いままでも動き続けてきたことに、いまさら気が付いた」という経験をしました。


法政文芸の奥付に書かれている編集委員たちの名前が、毎年少しづつ変わっていってるのを見ると、同じような気持ちを抱きます。「自分が参加しはじめたのは、法政文芸の歴史の中でもごく最近で、それまでも誰かが法政文芸を発行してきたんだな。そして、自分がいなくなっても、おそらく法政文芸は発行され続けるだろう」と思うわけです。


自分がいなくても、世界は回るし法政文芸は発刊されます。
これは、客観的というか一歩引いた目線なんじゃないでしょうか。
普段は、自分が中心にいて自分を取り巻くのが世界、と己の立ち位置を想像しがちですが、本当は全然そんなことなくて、自分は世界の中の一要素であって、それは誰にとっても同様です。
一要素がたくさんあって世界が成り立つわけで、法政文芸も一要素が集まることで成り立っていて、組織として回っていて、人間が決して越えられない時を跨いでいきます。
百年後にも法政文芸があるかと問われれば、その答えは「うーん、どうだろうか」ですが、いつか学生は卒業するもので(中退とかもあるけどね)、そうなったらもう法政文芸の編集には関われないので、結局は一要素が決して越えられない時間の長さというものがあるわけです。
法政文芸における自分を客観的に見たとき、僕は一過性の一要素でしかあり得ない。
でも、組織や冊子としての法政文芸は、越えようと思えば、いくらでも時を越えられる。
そう考えると、なんとも愛おしい気持ちになってくるものです。


法政文芸は年々、学生編集委員の数も増え、学生たちが主体となって行える企画の範囲が拡大していってるのを、昼休みの会議など、普段の活動を通してひしひしと感じます。
もちろん人数が増えたのもそうですが、今までに発行されてきた法政文芸より更に上を目指そうとする想いが、多くの学生編集委員にあるからこそ、毎年何らかの大きな進歩があるのだと思うし、実行に移せる企画の幅が広がっているのだと感じます。
そして、僕らもその流れの一員として、法政文芸を次の世代に繋がなければならないし、「第七号(今号)を越えるものを作れるか?」という問いかけをしていかなきゃならない。
そのために、第七号を本気で作っていく必要があります。


今の法政文芸には勢いがあります。
人数が増えて、やれること(仕事)が増えて、組織が大きくなって、さらに人が集まって、扱うものの幅が広がる。
ちょうど、経済成長していく企業のような印象です。
そしてこの勢いに乗り遅れないように、みんながやりたいこととやれることを見極めつつ、積極的に巨大な壁に挑戦していく姿勢が、今の編集委員たちには求められています。
みんなが本気を出して、本気で法政文芸に関わっていけば、必ずすごいアイデアと、ものすごい成果が生まれると、僕は確信に近い想いを抱いています。
それだけ、今の法政文芸には見どころがあり、創造的な場所が用意されている。
だから、毎週の会議でみんなの顔を見るのが、僕は嬉しいです。


自分がいなくても世界や法政文芸は回るからこそ、「昔のことは昔のことだから、忘れよう」とか「先のことなんてどーでもいいや」という態度ではなく、「昔に学び、それを越える今があり、未来に残せる財産を作ろう」という姿勢が、より大事になってくるのだと思います。
では、今日はこれにて!

10月21日 会議内容

こんにちは、学生編集長です。
10月21日の昼休み会議内容です。


①懇親会の日取り

時間:11月14日(日曜日)
場所:18:00に部室集合
内容:法政文芸第七号で自分が何をやりたいか、それを語る。大風呂敷を広げて理想を語るのは多いに歓迎。まずはブレインストーミングの形でアイデアを出していく。


②これからの方向性

懇親会の後は、企画会議をし、年末までに「この企画なら、依頼もインタビューも上手くいきそうだ」というような現実味のある企画案を固めていく。そして、最終的な企画決定を年末にできるように。


③掌編セレクション
毎年、文芸コースのゼミ誌から学生委員が良いと思った作品を掌編セレクションとして載せているが、今号は文学研究会や日本文学研究会などの、創作を書いているサークルの冊子からも、掌編セレクションを選べるようにする。そのために、掌編セレクションは前倒しにして、みんなで作品を読み込んでいく。


④中沢ゼミのゼミ誌作品の校正について
中沢ゼミのゼミ作品を校正の練習として法政文芸も行うということだったが、練習という意識ではなく、「中沢ゼミのみなさんの校正作業に混ぜてもらい、あくまでお手伝いに徹する」、そういう意識を持って校正を行う。「法政文芸がやってあげる」のではなく、「校正をやらせて頂ける機会を得る」と考えるのが良い。


⑤法政文芸の委託販売
僕が「法政文芸をもっと書店に置いてもらい、外部の人に読んでもらえる機会を増やしたい」と考えています。法政文芸を委託販売してくださるような書店を探そうと思っていて、それには少なからず人手が必要です。現時点では3人くらい、僕に協力してくださると助かります。次に引き継げる土台を作りたいので、一年生がいるといいなあ。もし時間があって、外の活動なんかに興味がある人は、僕までメールをくださるとありがたいです。


⑥このブログについて
まだこのブログのIDとパスを知らない人で、ぜひブログの更新をしたい!という人がいましたら、これも僕までメールをください。教えますので、どんどん更新しちゃってください!


今日の会議での連絡はこんな感じです。
では、今日はこれにて!

法政文芸のこれから

こんにちは。学生編集長です。


今日は法政市ヶ谷キャンパスのビラ貼り日でした!
ビラは、10月31日~11月3日までの学祭に使用する広告ビラです。
参加団体が企画・屋台を宣伝するためのポスターを貼るわけですね。
今や市ヶ谷キャンパスは、どこの教室棟を歩いてもビラだらけです。
僕も、朝の五時半に起きてビラ貼りに行ってきました。
毎年毎年、早いんだよなあ~、ビラ貼り解禁される時間が。
大学側への配慮でしょうね。
授業時間にビラ貼りまくるわけにいかないし。
しかしビラ貼りと聞くと、日○共○党を連想するぜ。


今年は法政文芸で学祭参加しないけれど、来年はしてもいいかも。
むしろ、来期の新入生歓迎ビラ貼りも、法政文芸で参加しようかな?
一応、日本文学科学生委員として活動しているけれど、以前には他の学部の学生も法政文芸の一員として、作業を行っていたわけだし、何も文学部に拘って編集委員を募る必要はないと思う。
他学部の学生しか分からないようなこともあるかもしれないし。
文学部の内部だけに目を向けているだけじゃ、なかなか進歩もしないと思うのね。


ただ、法政文芸が進歩する(進歩って言葉が、どこへ向かってどうなっていくのかという具体的なビジョンはないけれど、便宜上使ってみる)ことが良いことなのか悪いことなのかは分からない。
法政文芸のもともとの役割は「文芸コースの卒業制作を発表する場」としてあるわけで、「7月の国文学会でそれを発表できればいい」、それだけなわけです。
「法政文芸は進歩しなきゃならない!」という猪突猛進な原動力を持つよりも、むしろ、「なぜ法政文芸は進歩する必要があるのか?本当にそれは必要なことなのか」ということを考えて、それをこれからの理念のひとつとして、編集委員それぞれが考えたほうがいいのかもしれない。


まあ、法政文芸の内部でもみんなそれぞれ法政文芸に対する思惑というものがあると思います。「自分の好きな作家にエッセイを頼みたい」とか「自分の作品を法政文芸に載せたい」とかね。
それを考えることはまったく悪いことじゃないし、自分から積極的にやりたいことがあるのは良いことだと思う。
自分の思惑を編集委員みんなに発信するために、毎週の会議があるわけで、そこでかけ合ってみるのも良い。
法政文芸の企画を決め、方向性を決めるのは、学生編集長じゃないし、ましてや一年生にとっては先輩たちでもない。むしろ、今号の企画を展開するのは自分!くらいの勢いでやってくれていい。
ただ、ワンマンじゃどうしても頭打ちになる部分が出てくるから、やっぱりみんなで報告・連絡・相談して、今までのバックナンバーにも負けない、良い企画を作ろうって、僕は思うけど(笑)


ともかく、法政文芸で新しい発想を掲げて実践していく試みは大事だと思うし、法政文芸自体がこれから成長する要素をたくさん孕んだ、いわば肥沃な土壌であるから、僕らの役目はその土壌を利用して、より甘い果実を作り、次の世代へのより良い環境を作っていくことだと思う。
「ただの一学生の私にはできない」、そういう諦めを心のどこかで持たないで、失敗を恐れずに積極的にガンガン行動していくことは良い経験になるし、結局、自分の成長にもなるよ。
そこに、多少の恣意はあっても構わない、と僕は思う。
さすがに先生方の意向や指示を無視しちゃうのは、やりすぎだけどね(笑)


では、今日はこれにて!
明日の昼休みは、また会議です。
みんな、集まってくれるといいな。

昨夜は寝てしまいました

今日もこんにちは、学生編集長です。
昨夜(月曜)は寝てしまって、更新ができませんでした。
仕方ないので、火曜の分から頑張ります。


さて、今日は火曜日です。
木曜日にある法政文芸の会議で連絡することがあるかどうか・学祭が終わったあとの懇親会の日取りなど、田中和生先生の研究室へ指示を伺いに行っていました。

一応、懇親会は下記の日程で執り行います。


日付:11月14日(日曜日)
時間:18:00~
場所:富士見坂の部室集合


飲み会の前に、部室で文芸の会議を行います。
その際に、田中先生を交えて自己紹介を兼ねて「第7号で自分はどんなことをやりたいのか」のアピールをしてもらう、と。田中先生の言葉を借りるなら、「夢を語る」ということでした(笑)
というわけで、第7号の夢を存分に語ろう!という会議になる予定。
ちなみに僕は、法政文芸がもっと外部の人々に広く読まれるようになればいいなと思います。
ま、これは第7号の企画ではないんだけどね(笑)
個人的に強く望むことだし、それを実行に移していきたいです。


えー、あと話す内容は……。
法政文芸の現状で何点かお話がありー、の、法政文芸委託販売を手伝ってくれるグループを作りー、の、ゼミ誌の校正と掌編セレクションについてお話がありー、のという感じですね。
うーむ、意外とやることが多いぞ……!


でも、やることが少ないと、組織への参加率が低くなるというかね。
人あっての組織なので、活動しない組織はどんどん劣化していく。
法政文芸をそういう状態にしてはならないと思うんだ。
だから、面倒でも毎週毎週、何らかの話をするためにみんなに集まってもらってる。
話自体はメーリングリストで済むかもしれないけれど、それじゃ人と人のコミュニケーションがとれないじゃない。もちろん会議の内容も重要だけど、その前提として、会議に集まってみんなで顔を合わせるという行動そのものが、組織の結束を強めていくんじゃないかなあ。


だから、やることなくても、集まること自体に意味はあるさ!
でも、これからはやることが増えていく一方だと思う(笑)
ゼミの校正のお手伝いあるし、企画もあるしで、忙しくなるぞー。
それに仕事を受動的にこなす姿勢じゃなくて、仕事を見つける(作りだす)のも楽しいぜ。
では、今日はこれにて!

多摩学祭でした。

今日もこんにちは、学生編集長の狩野です。
「今日もこんにちは」と毎日言い続けていますが、実際このブログの更新をしているのは、午前1時くらいなんですねー。だから、日曜日の分は月曜日、月曜日の分は火曜日、と一日ズレて更新しております。


編集委員の学生は日曜日なので、学校もなく、家でのんびりできたでしょうか?
各々、買い物にでかけたり、バイトに勤しんでいるかもしれませんね。
法政文芸の編集、といっても末端は学生ですから、日曜日まで何らかの活動があるわけではありません。


もちろん、企画が実行段階に移ってからは日曜日でもガンガン作業をしますが、今はまだその時期じゃない。本格的に忙しくなってくるのは、三月を越えたあたりからでしょうね。四月には新入生も入ってきますから、その歓迎会もやらネバーランドです。


そういえば、今日は法政大学多摩キャンパスの学祭でもありました。
市ヶ谷のキャンパス・小金井のキャンパスから出かけている人も多いのではないでしょうか?
多摩キャンパスはですね、自然豊かです。
谷間に橋かけちゃってます。キャンパス内もとにかくデカい。
一年の頃は、僕も多摩学祭に遊びにいき、ソフトボールに参戦したものです。


ちなみに、市ヶ谷の学祭は10月31日~11月3日です。
法政文芸は出店していませんが、今後、屋台企画をやってみるのもいいかもしれません。
屋台で何か作って、その隣でついでに法政文芸を売る……他学部の学生も興味を持ってくれるかもしれませんし、学外の人にも買って頂ける可能性は上がります。


来期、ほんとうに屋台やってみようか。
意外とイイかもしれない。
では、今日はこれにて!

蛾というものもね、嫌なものだね(本文ではない)

今日もこんにちは。学生編集長の狩野です。
毎日更新の記録を更新中!


さっき寝室に行ったら、寝ている弟のちょうど頭上のあたりに、一匹の大きなガ(蛾)が止まっていました。それをじっくりと視認して、僕は眉をひそめ、そっと寝室のドアを閉めました。そして、「明日の朝まで寝室のドアを開けてはダメだよ」と、リビングで韓流ドラマを見ている母親に告げたのです。
そのような出来事がありました。
あ、弟にはさぞ気の毒なことをしてしまったので、ここで懺悔。
でも、ガ(蛾)は殺せないさー。
理由は、僕がジャイナ教の熱烈な信者であるとかではなくて、単純に気持ち悪いんだもの。ガ(蛾)の腹ってさ、なんか触るとぷにぷにしてない?虫たちには是非、フリーダムに家の中へ侵入するのはやめてほしい。


閑話休題。
今日は土曜日なので、学生編集長は学校へ行っていません。
一年生は日文科の必修授業が一限からありますね。
早起きして、単位をばっちし取ってください。
僕も去年はギリギリの単位評価だったものです…(遠い目)
あ、水曜日の六限取ってたんですけどね。


では、学校に行かないで何をしていたかというと。
法政文芸を持ち込みで納品できそうな書店を探していました。
普段、法政文芸を一般の方へ販売している場というのは、毎年の文学フリマ神田神保町の東京堂書店しかありません。
これじゃあまりにも法政文芸を外へ発信していく機会が少ないということで、第六号で取り上げた小特集『文学のインディーズ』で収集したデータを利用し、法政文芸を取り扱って頂けるような書店へ、これから持ち込みの依頼をしていこうと思っています。
って、これ一昨日くらいの記事でも書いたな。


納品にも色々と手続きを踏まなければならず(当たり前だ)、正直こういうことをしてきた経験が少ないもので、ほんとに闇の中を手探りで進むというような牛歩の進行になりそうですが、頑張りたいです。
納品の際はスーツで行けばいいのか、それともカジュアルな服装でいいのか、うーん、でもジーパンにシャツ一枚とかあんまりラフでも恥ずかしいかなあ……と悩んでいるような人間ですが、やるときはやる!
……気がする。


明日は日曜日!
学校ない、友達いない、バイトはある、でもネタがなくともブログの更新は続けます。
では、今日はこれにて!

悩む力を読む。

こんにちは。学生編集長です。


木曜日の会議以外に何を法政文芸がやっているかと言うと、今のところは何も活動していません。
企画会議や作業があれば、木曜以外も活動してるんですがねえ……。
前号(第六号)の企画が決定され、内容を細かく煮詰めていったのが、ちょうど12月から2月の間でしたから……毎年毎年その時期になると忙しく、このブログのネタも増えるということですね。
ちなみに12月5日には文学フリマもあります。
法政文芸も出店するので、興味のある方は是非参加を。


そうだ。
姜尚中の『悩む力』という新書を読みました。
集英社新書。2008年5月21日第一刷。
法政大学の学祭に、姜尚中さんが公演に来るらしいですね、是非聴きたいです。
でも、前予約制なのかな? いまさら遅いかな?


『悩む力』は面白かったです、というか納得のいく意見が多かった、てか元気が出る。
夏目漱石の作品群とマックス・ウェーバーの主張を軸にして、現代日本人が心の内で考えているであろう悩みについて、様々なテーマからの肯定的意見を述べています。
具体的には、生命・金・愛・労働など、誰にでも身近なテーマです。
特に近代以降の科学と合理化の波によって、宗教や伝統・習慣の類がナンセンスとして剥ぎ取られてしまった(ウェーバーが言うところの脱魔術化)ことで、自我の独立、いわゆる個人主義の時代となったことの落とし穴を本文中で挙げていて、とても興味深かったです。
僕らが生きている現代は、近代以前に比べてより自由(個人の判断で生きることができる)だと言えるけれど、自由であることは良いことばかりでなく、様々なデメリットもあることが分かりました。


ちょっとブックレビューみたいになってしまいましたが、法政文芸ブログのネタとしてはギリギリ大丈夫!
では、今日はこれにて!

毎週木曜日は

今日もこんにちは。学生編集長です。
毎日更新、頑張るぞ!


法政文芸は、毎週木曜日の昼休みに会議を行っています。
部室は、富士見坂校舎二階のF205。
法政文芸のチラシが、スリガラスに張ってあるんだな。
会議と言っても、ガチガチに何かを話し合ったりする段階にまで、まだ余裕がありますから、今はみんなでワイワイ世間話をしている程度です。


今日は、『第七号の企画どうするか』について連絡を回しました。
田中先生から「学祭が終わった次の週あたりに、懇親会も兼ねてみんなで一度飲み会+会議をしよう」という指示を頂いたので、それを編集委員に共有しました。
メーリスも回したほうがいいのかな……?
まあ、いいや。


その懇親会で、各人が『第七号で何をやりたいか』ということについて、一言ほど喋ってもらうことになるのでしょうか。うーん、たぶんそうだろう。いや、みんなにはそう言っちゃったし。
僕はですねー、企画はまだ考えていないけど、法政文芸を置いてくれるような本屋を探してみたいと思います。もっと法政文芸が外へ広がっていくのは、想像すると楽しいです。


やっぱり、自分らが編集した本が全然知らない誰かに読まれるのって、わくわくするじゃないか。
もともと法政文芸は、文芸コースの卒業制作を載せるために創られた冊子(日本文学誌要の)だけど、毎年せっかく作るならねえ、日文科学生以外の人にも読んでもらいたい。
編集のモチベーションになるんですね、読者がいるというのは。
逆に言うならば、読者がいることを編集委員が肌で感じられるようになれば、「これは、手を抜いた作業はできないぞ」というデッドライン意識が生まれるんじゃないかなあ。
みんなが意識的に、より優れた冊子を作っていこうと感じれば、法政文芸の明日も明るい気がするぞ!


ただ、法政文芸のもともとの存在意義(卒業制作を載せる)や組織図(編集長の下に、学生はお手伝いとして存在する)を考えると、学生があまり出すぎた真似をしても仕方ないのかもしれませんが。
出すぎる前に、しっかり先生方にチェックをかけてもらえばいいのかな。


ともかく、毎年、何らかの新しい試みにチャレンジするのは良いことだと思う。
では、今日はこれにて!

校正セミナー(実は二度目)

今日もこんにちは。
頑張って毎日更新するよ!


今日(2010年10月13日)は、校正セミナーを行いました。
校正とは、原稿とゲラを引き合わせて文字の間違いを見つける仕事です。広辞苑には、『文字の誤りをくらべ正すこと。校正刷りを原稿と引き合わせて、文字の誤りや不備を調べ正すこと』とあります。


校正セミナーの講師をお引き受けいただきましたのは、株式会社講談社出版サービスセンターの若藤えい子さんです。
それと、首謀者の我らが法政文芸の中沢けい先生
校正者と作家というふたつの職業が交わる機会というのも、そうそうないでしょう。
セミナーでは貴重なお話がたくさん聞けました。
前回(10月6日)の際は、株式会社短歌研究社の堀山和子さんもお話をしてくださいました。


中沢けい先生の昼ゼミ・夜ゼミの作品をテキストとして使用しての校正セミナーだったのですが、昼ゼミ誌・夜ゼミ誌とも、ひどい(楽しい?)間違いがたくさんありまして、驚愕の限りです(笑)
若藤さんがゼミ誌の間違いをビシッと指摘するたびに、「この間違いはないだろ~」と、思わず皆で笑ってしまい、二時間ちょっとのセミナーは始終笑いの絶えない、楽しいものとなりました。
もちろん、しっかり校正技術のイロハも教えて頂きまして……。
来期の法政文芸編集委員は、校正技術により一層の磨きがかかったかも!
この際、みんなで校正資格の試験受けるか(笑)


また、今回の校正セミナーには専修大学文学部日本文学文化学科の川上ゼミのみなさんにもお越し頂きました。
川上ゼミは出版文化・ジャーナリズムを専攻しているゼミで、雑誌『SHOW』の編集をやっているそうです。
色ページの多さや取材の綿密さ・文章の密度など、書店で売っている雑誌とまったく遜色の無い出来で、現編集長、度肝を抜かれてしまいました。


というわけで、ちょっとだけインカレな側面も見せている今期の法政文芸編集部です。
いやー、夏には合宿もしたりなんかしちゃって、最近アクティブなんじゃないの?ん?
法政文芸が盛り上がってきているようで、現編集長、嬉しい限りです。
明日も昼休みは会議をやります。うーん、イイ!
では、今日はこれにて!

(五月ぶりです)

五月から放りっぱなしになってたなんて、これは編集員の全員の怠慢です。


法政文芸第六号が2010年7月のはじめに出来上がりまして、その後、まったくそのようなお知らせが更新されず、学生にとって楽しい楽しい夏休みが過ぎまして、今に至ります。
そしてなにも告知されないまま、学生編集長が代替わりしました。
第七号の学生編集長は僕です。よろしくお願いします。


第七号を作るにあたって、何をしてるかっちゅーといまひとつ何もしていない、というのが現状の法政文芸を表す正しい解答になります。
でも、毎週木曜日に会議だってやってるんだよ!
今度、写真撮ってくれる方がいれば、写真をUPしますね。


法政文芸では、毎号なにかしらの企画を立てて、それに沿うかたちで、作家さんにインタビューを依頼したり、エッセイを書いてもらったりするのですが、今はその企画を決める段階にあります。
11月はじめの学祭が終われば、本格始動するはず……!!
今号の編集長は田中和生先生です。よろしくお願いします。


ブログは、今更ながらシコシコと更新していこうと思います。
なるべく毎日更新していきたいですね。
では、今日はこれにて。
プロフィール

法政文芸編集委員会

Author:法政文芸編集委員会
法政大学国文学会が発行する文芸誌「法政文芸」編集委員によるブログ。編集の様子やオススメ本の紹介など、個性豊かに発信していきます。法政文芸のバックナンバー、その他のご質問はこちらまで→hosei.bungei@gmail.com

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