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方向性

いくつか方々で話があがっていますが、そろそろ「法政文芸って何?何を目的にした本なの?」という質問に答えられるような方向性を、示していかねばならない時期が来ているようです。
とは言っても、もともと法政文芸は「日本文学科の卒業制作を発表するための場」であり、文芸コース以外の卒業制作を載せている「日本文学誌要」の別冊という扱いなのです。
言い方を悪くすれば、いわば、おまけ。
法政文芸が創刊されたのは2005年で、文芸コース自体が設立されたのはそこから約10年前の1995年あたりのことです。どちらにしても、歴史がある、と言うには若すぎます。


法政文芸に欠けてはならないコンテンツというのは、いまだ卒業創作だけであり、もともとの法政文芸の存在意義というのは、そのための発表の場でありました。
極端な話、特集なんてのは不要なのです。
ただ、それだけじゃあまりにも寂しい。
日文科学生以外の誰も読んでくれないのは想像に難くない。
そこで、学生が主体になって特集企画を考えていこう、という取り決めがなされ、法政文芸の特集が毎号毎号決められていくわけです。


若い法政文芸がこれからどのような道を切り開いていくのか、そのためのコンパスや海図が、法政文芸の方向性です。「学生の卒業制作の発表の場」という根源的な存在意義に、どう特集記事を絡ませていけばいいのか、それを考えて、変わることのない指針を作ることが今、必要とされています。


しかしです。
学生が編集委員で、代替わりしながら、それらの方向性を決めていくのは非常に困難な作業です。学年という壁がある以上、変わることのない意志が受け継がれていくということは、あり得ません。
歴史上、幾度も思想や価値観が変遷してきたのと同様に、法政文芸もそれぞれの学年に残された時間はたったの一年しかなく、その一年で得たものがすべて、後の代に脈々と受け継がれていくことは、まずありません。
だから、毎年の号でそれぞれのカラーがまったく異なってきてしまうというのも、仕方のない部分ではあるのです。


編集技術や組織のまとまりなど、何もかもまだ未熟な中で、ひとつひとつ、法政文芸の存在意義を固めていくことは、悪いことではなくむしろ考えていかねばならないところです。
ただ、それを考えるためには、圧倒的に時間も人も足りない。
毎回、誰もが出席してくれて、全員が全員、真摯に法政文芸のいろいろな部分について議論してくれれば大いに結構なのですが、学生の本分である勉学やアルバイトの時間を取られて、大学生は思った以上に忙しく日々を過ごしている人が大半です。そういった人の時間をちょっとずつ分けてもらって、毎年、法政文芸は完成へと向かっていきます。
そして議論するだけではなく、もちろん個人がそれを妥当な結果を生む実行へと移さなければ、何の進歩もありません。しかし、その実行するという行為は、難しいものです。自分が正しいことをしているつもりでも、異なる視点からその行為を見つめたとき、それは正しくないこともあります。そして、その判断ができる監査が必要なのです。そしてその視点や過ち、得たものを逐一フィードバックして、更なる糧とする時間が必要です。想像もつかないような時間と結果を重ねた上にだけ、変わることのない方向性というのは生まれるはずです。
ということを考えはじめると、結局は創刊の際に提示された「学生の卒業制作の発表の場」という方向性に落ち着いてしまうのが、一番安易で妥当なところです。


でも、方向性は欲しい。
法政文芸の存在意義が「発表の場」であるならば、その「発表の場」を広げ、いろいろな人に読んでもらう機会を少しでも増やすことが、その存在意義の延長にあるはずです。
直近の会議で、「法政文芸のこれからの方向性は何か?」という議題を持ち出したとき、挙がった案のひとつが「編集委員が学生なんだから、学生の視点を利用する方向性」です。
それは、法政文芸は商業誌に追いつこうとするのではなくて、もっと独自の学生らしさのある冊子にしていこう、という意味でもあります。
これから法政文芸が求めていかねばならないのは、圧倒的大勢に読まれるナンバーワンではなくて、少しでも多くの人に読まれるためのユニークさなのかもしれませんね。

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小川洋子『凍りついた香り』レビュー

こんにちは、学生編集長です。
久々にレビューです。
小川洋子さんの『凍りついた香り』。
幻冬舎文庫より、初版は平成13年8月25日。

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今年の夏、法政文芸のメンバーで箱根へ合宿へ行ったのですが、その際、ポーラ美術館とラリック美術館に訪れました。
ふたつの博物館で共通して展示してあるものが、香水瓶です。
ポーラ美術館は、化粧品会社のPOLAの所有する博物館ですから、女性ファッションの進歩とともにあった香水とそれを詰めるための美しい瓶を、常設展示していました。
ルネ・ラリックは19世紀から20世紀にわたり活躍した、フランスのジュエリーデザイナーです。彼はまたガラス工芸家でもあったので、彼の作品には多くのガラス工芸があります。そのうちのひとつが、香水瓶です。


そして、今回紹介する『凍りついた香り』でも、重要なキーワードとなってくるのが香水です。
彼である調香師の弘之を自殺で亡くした涼子は、彼の作っていた香水のメモをもとに、彼がなぜ自分のもとから永遠に手の届かない場所へ逝ってしまったのかを、紐解こうとします。
「締め切った書庫、埃を含んだ光。凍ったばかりの明け方の湖。緩やかな曲線を描く遺髪。古びて色の抜けた、けれどまだ十分に柔らかいビロード」……弘之が残した香りのイメージです。
そのイメージを追って涼子は、彼の生きていたころの足跡をたどっていきます。


香りが持つのは、いつだって過去の記憶です。
人は香りを吸い込むとき、過去の印象や記憶しか思い出せません。
進むべき未来は、香りの中にはないのです。
自殺してしまった弘之の影は、いつまでも涼子の身の深くに刻み込まれて、彼女は日常を活動しているけれど、精神的には全くと言っていいほど、前には進んでいません。
失ってしまってからはじめて、弘之の足跡をたどることで、彼女はあるひとつの救いのようなものを、ミルラに浸された孔雀の美しく儚げな心臓から得ます。孔雀は香水と同じく、過去をつかさどる番人としてこの物語では描かれていて、涼子は孔雀の心臓を通して、過去に触れるのです。あたかも、香水瓶に顔を寄せて、その香りが生み出す過去に身を浸すように。
凍りついた過去をゆっくりと溶かしていくことで、涼子は本来の意味での、前へ向かって生きるということを見つけるのです。……彼女は自覚していないかもしれませんが。


小川洋子さんの本で有名なものと言えば、『博士の愛した数式』です。
『凍りついた香り』でもモチーフとして、『数学』が挙げられます。
小川さんの作品が織りなす世界観は、美しく秩序立っています。
それは、どことなく数学の揺るがなさを表現しているようで、僕はとても好きです。どこまでも純粋で、透明で、しかしその裏に複雑な密度を孕んでいる。明け方のスケートリンクのように静寂としつつも、その氷の板は圧倒的に重厚なように。


死者からはじまる物語といえば、推理探偵ものが多いけれど、『凍りついた香り』はただひとつの真実を導くというよりも、死という結末を受け入れるための物語、だと思います。
数的世界を利用した清冽な世界観であるのに反して、物語で描かれる人間は、感情の強さや豊かさをたくさん持っていて、彼女らを見ているとじんわりと暖かいものが胸に溢れます。
暖かいけど、どことなくせつなげで、夕焼けのように儚い。
そんな、小説でした。


では、今日はこれにて!
プロフィール

法政文芸編集委員会

Author:法政文芸編集委員会
法政大学国文学会が発行する文芸誌「法政文芸」編集委員によるブログ。編集の様子やオススメ本の紹介など、個性豊かに発信していきます。法政文芸のバックナンバー、その他のご質問はこちらまで→hosei.bungei@gmail.com

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