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【レビュー】 『友情』 武者小路実篤

 
 脚本家の野島と新進作家の大宮は厚い友情で結ばれ、日々お互いに高めあっている。野島は、大宮のいとこの友人の杉子に執心するが、杉子は大宮のことを密かに思う。大宮は杉子の気持ちに気づくも、野島の幸せを祈り、杉子の気持ちを遠ざけるためにパリへと去る。それでも大宮を思う杉子は手紙を送り、強い思いを伝えると、大宮は自分のありのままの気持ちを顕にし、野島にもそれを大きく暴露する。

 野島は二十三歳、大宮は二十六歳、杉子は十六歳である。直接の学生生活を思わせるところはないが、日々勉強したり、仲間うちで討論したり、また時には思い切り遊んだりと、学生の時期にある、独特な自由な時間を過ごす彼らの姿が爽やかに描かれている。主人公である野島はひたすらに杉子のことを思う。その姿は実に真摯であり、またときに滑稽であった。 

 下篇では友情と恋愛の間で葛藤する大宮の様子が、杉子との往復書簡によって描かれている。杉子の気持ちは完全に大宮に向けられていて、それはどこか野島が杉子に思いを寄せる姿と重なって見えた。杉子に愛をまっすぐに伝えられた大宮は、野島の幸せを願い、杉子に野島を愛してくれるように懇願するが、杉子は大宮への思いをさらに手紙にするので、次第に大宮も杉子に対する思いをこぼしていき、ついには杉子への愛を吐露する。大宮の、野島との友情を思い自分の気持ちに見てみぬふりをする姿から、野島を信頼しているからこその、杉子への思いを行き過ぎるほど野島に見せる姿への移り変わりが、大変印象的でこの作品の大きな柱となっているといえるだろう。そして野島はその告白を受けて、孤独の獅子となり、大宮に仕事の上で決闘しようと誓うのである。失恋をばねに大宮に立ち向かい、更なる発展と成長をしようとする野島の姿はやはり真摯でまっすぐで痛快な印象を受ける。

 青春期は様々な可能性が広がる時期であり、またそこでの挫折が新たな可能性を生みだし得る。むしろ逆境のときに、そこから生み出されるものこそ強く重要なものであるように思える。可能性が一番に広がる青春期ではそれに相応して悩み、葛藤する場面に多く直面するが、それがここでは友情と恋愛であって、登場人物たちはそれにまっすぐに一生懸命にぶつかっていく。大宮が野島に言った言葉に、このようなものがある。

「ともかく恋は馬鹿にしないがいい。人間に恋と云う特別のものが与えられている以上、それを馬鹿にする権利は我々にはない。それはどうしても駄目な時は仕方がない。しかし駄目になる処までは進むべきだ。」

 この言葉を受けて野島は一途に、駄目になるまで杉子を思う。ここに青春期の若く、祈りを含んだ原動力を見た。あくまで前向きに進んでいく主人公には、青春時代の溌剌とした潔さがあり、読んでいて大変心地よい。読み終わったあとには自分自身も何かに情熱を傾けて一生懸命になりたくなるような、熱く、正直な気持ちを導き出してくれる青春小説である。


友情 (新潮文庫)友情 (新潮文庫)
(1947/12)
武者小路 実篤

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