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【レビュー】 『潮騒』 三島由紀夫


 人口千四百、周囲一里に満たない歌島。本土の都会で文明が進歩していくなかで、島では昔からなんら変わりのない穏やかな生活が営まれていた。美しい海に囲まれた小さな漁村が物語の舞台である。

 主人公・新治は十八であったが、父親が終戦の年に亡くなってから海女の収入で息子二人を育ててきた母を助け、漁師として毎日海へ出、ときどき灯台長へ獲物を届けるという単調だが充実した日々を過ごしていた。都会でこの年頃の若者といえば、色恋沙汰やその他諸々に興味関心を向けるものだが、歌島にはパチンコ屋も酒場も、若者の刺激になるようなものは一切なかった。そういった環境で育っているものだから、新治も自分の年で女のことを考えるのは早いとおもっていた。

 そんな新治の前に突如として現れたのが初江である。養子に出されていたが戻ってきた容姿の整った娘は村中の注目の的であった。仕事終わりにたまたま目に入った見知らぬ少女。小さな村だから知らない人はいないはず。わざわざ少女の目の前を通って不躾に視線を送り、そのときは好奇心が満たされたことにただ満足しただけであったが、それから少女の陰が新治の頭の中に居座るようになる。普段は少しも物を考えない新治だが、初江の名前を聞くだけで頬がほてり胸が弾んだ。なんの味気もない言い方で申し訳ないが、新治は一目で恋に落ちたのである。しかし今まで恋愛について考えたこともない純朴青年・新治である。一体なにが自分の心を患わせているのか見当もつかない。青年会に参加して壁際に膝を抱いて座って他の若者たちの雑談を眺めていた新治。噂の的である初江の名前に反応し、理解できない自分の反応に矜持を傷つけては怒りで顔がさらに真っ赤になるという、なんとも純粋で可愛らしい一人芝居までやってしまう。私が思わず微笑んでしまったのはその帰りのこと。いつもなら友人と帰るところだが、新治は一人抜け出して神社に参る。その願い事が次の通りである。

『神様、どうか海が平穏で、漁獲はゆたかに、村はますます栄えてゆきますように! わたくしはまだ少年ですが、いつか一人前の漁師になって、海のこと、魚のこと、舟のこと、天候のこと、何事をも熟知し何事にも熟達した優れた者になれますように! やさしい母とまだ幼ない弟の上を護ってくださいますように! 海女の季節には、海中の母の体を、どうかさまざまな危険からお護り下さいますように! ……それから筋ちがいのお願いのようですが、いつかわたくしのような者にも、気立てのよい、美しい花嫁が授かりますように! ……たとえば宮田照吉のところへかえって来た娘のような……』



 照吉のところの娘とは言わずもがな、初江のことである。

この後、新治と初江の距離をゆっくり、ゆっくりと縮めながら物語は進行する。そこに描かれているのはこの上なく清らかな恋愛模様である。嵐で濡れた着物や体をたき火で乾かす場面。周
りに人はおらず、灯りは火だけ。その空間で抱擁する二人は確かに一糸を纏わぬ姿であったが、交わされたのはいつもより永い接吻だけ。お互いの鼓動を聞きながら不思議な幸福感に包まれた長いような短い時間は、二人の関係性をより確固にした。しかしその二人の噂が間違って広まってしまう。娘を不届きな若者によって傷物にされたと、照吉は娘に新治が漁に出てない時間帯の外出を禁じ、一切の接触を阻止した。初江の婿になると以前から吹聴していた安夫も実力行使に
出たりと、穏やかな村で人間らしい、個々のさまざまな想いが交差する。

海と共存して暮らす漁師や海女たちの村。天候によって表情を変える海に同調して生きる彼らの中で芽生えた、若者たちの清純な恋物語。現代の都会に生きる私たちとは一味違ったその模様は、どこか羨ましくさえ思えるものだった。流れに乗って大学へ進み、文句を言いながら勉強したり、親のいない一人暮らしで何をするわけでもなく時間を潰したり。私は新治とほぼ同じ年だが、あまりに異なる生活。決して裕福ではなくとも満ち足りた島の人々は明るい太陽の下で輝いていた。
 これは勝手な私的見解だが、新治の青春がまさに暖かな島の風景だとしたら、私のそれはうっすら雲のかかった空を窓に望む学校の教室だろう。物事を斜に構えて見がちな年頃だというのに、新治の考え、思いは純粋で真っ直ぐだ。『潮騒』は新治の恋の行方だけでなく、島の様子を通して感じる人々の快活さや潮の匂いも楽しめた。三島由紀夫の作品を読むのは初めてだが、とても読みやすく、新治の心情にも引き込まれた。読んでいるだけなのに潮の匂いを感じるほど面白かった。


潮騒 (新潮文庫)潮騒 (新潮文庫)
(2005/10)
三島 由紀夫

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