主人公の知寿は20歳のフリーターである。埼玉に母親と住んでいたが、母親の中国への転勤が決まり、東京に一軒家を持つ親戚の71歳の吟子さんとの共同生活を決める。
吟子さんの家についた彼女にあてがわれた部屋には「立派な額縁に入れられた猫の写真が鴨居の上に並んでいた」。はじめ知寿は吟子さんのことを「もうすぐ死にそう、来週にでも」と思う。しかし、そんな風に見えた吟子さんは同じダンス教室に通う「ホースケさん」と恋をしていて毎日充実していた。一方、知寿は吟子さんと同居するようになってすぐに付き合っていた恋人の別れ、そのあとの恋人の藤田君ともすぐに別れてしまう。母親には中国で結婚をするかもしれないと告げられ、知寿は「母と自分をつないでいる一本の糸がぷつん、と切れたような気がし」てしまう。
この物語の中で知寿には次々と別れが降ってくる。この話は知寿の経験するたくさんの別れの話であるといえる。吟子さんとの別れも訪れる。勤め先で正社員として採用されることになり知寿は社員寮へ住む決意をする。今度は知寿が去っていくのである。外の世界への恐怖を語る知寿へ「世界に外も中もないのよ。この世は一つしかないでしょ」ときっぱりと吟子さんは言う。何かを教えるのではなく見守り続け最後にポンと背中を押す。これは知寿よりも知寿の母親よりも多くの時間を生きて多くの別れを経験している吟子さんだからこそできるのであろう。物語の最後の章はまるで新しい小説の始まりのようである。
その人は既婚者である。今までにないパターンだ。この恋がうまくいけば不倫、ということになるだろう
知寿はその既婚者と競馬に行くために電車に乗っている。吟子さんの家がある駅を通りすぎ、約束の相手が待つ駅へと向かう。「電車は少しもスピードをゆるめずに、誰かが待つ駅へとわたしを運んでいく」。「別れ」を吟子さんから学んだ知寿はまた誰かと別れるために出会うのである。