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【レビュー】 『草の花』 福永武彦


 物語はまず、冬の灰色の空に包まれたサナトリウムから始まる。主人公である汐見茂思は、ある病気を患いサナトリウムにやってくる。そして自殺とも思える手術に笑いながら挑み、帰らぬ人となる。彼が残した二冊の日記帳には彼の過去が書かれており、そこには何故彼は手術に挑んだのか、何故諦めにも似た、楽観的な態度をとっていたのかが書かれている。

 一冊目には旧制高校における汐見茂思と藤木忍との恋愛とも友情とも呼べる関係が、二冊目には藤木の妹千枝子との恋愛が描かれる。しかしながら、どちらの恋愛も成就しない。汐見を愛しながらも、彼を夢見る人として解してしまい、二人は彼の元から去ってしまう。

僕が生きているのは、この愛のためなんだ、観念的でもいい、夢を見ているんでもいい、ただ咎めないで欲しい。


旧制高校の合宿中、互いの見解を吐露する松林での会話で、ほとんどすがるように汐見は藤木忍に向かって言い、藤木は「何にもならないのに」と悲しげに呟く。汐見が夢見る人として藤木に見られたのは、彼が愛について深く考え、その理智の現像を藤木に求めたからではないかと思う。この愛に関しての思想に加えて、汐見が抱える孤独というものも物語の根幹である。千枝子を抱きしめたときや、戦争や信仰について考えたときに彼は孤独を感じている。彼はその孤独は無益で純粋だとして、己の内に閉じこもってしまう。それ故に汐見茂思は誰とも結ばれなかった。

 この小説の魅力は、読み進めていくうちに汐見茂思という人物の抱える孤独と潔癖が、より詳細に描写されていく所にある。それは作者が丁寧に描写する風景や街並みの描写からも伝わってくる。純粋さや孤独を徹底して描かれており、最初に死の間際の汐見茂思を描写されたことからも、彼の儚げな表情が全編を覆っている。彼が生涯抱き続けた孤独と、愛への切望が、筆者の美麗な文章により際立ち、読者を儚い気持ちにさせる。これは多くの人々が持っているだろう孤独への憧れや、人を愛する悩みが、文から滲み出るように描かれているからであろう。

今いっそうはっきりと感じますことは、汐見さんはこのわたくしを愛したのではなくて、わたくしを通して或る永遠なものを、或る純潔なものを、或る女性的なものを、愛していたのではないか

これは千枝子が、汐見の死後に書いた手紙の一部分であり、小説の結末部に出てくる。汐見茂思の夢想は、果たして千枝子の指摘する通りだったのか。互いを理解するということは難しいことだ。それに関して汐見茂思は思い悩み葛藤する。それは恐らく、心から他人を想っているからなのだろう。


草の花 (新潮文庫)草の花 (新潮文庫)
(1956/03)
福永 武彦

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