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【レビュー】 『恋愛寫眞』 市川拓司

 生まれたての赤ん坊のようにぎゅっと握った手を、ゆっくりゆっくり開きます。ゆっくり、ゆっくりです。そうして開いた両手の中に、もしも淡い光が見えたら、もしもその光が誰かの幸せだとわかったら、あなたはどうしますか?

 主人公、「僕」こと瀬川誠人には、コンプレックスがありました。患う皮膚病の痒みを抑える軟膏の独特な悪臭がいつも体から放たれている、ということです。臭いを悟られたくないがために彼は他人と疎遠になりがちでしたが、本当は人の気持ちに敏感で、他人の意見を素直に受け入れられる、繊細で優しい青年でした。
 そんな彼がある日「ちっとも甘くないザッハトルテみたいな横断歩道」で出会うのが、もう一人の主人公、里中静流です。子供のまま時を止めたピーターパンのように小柄な彼女は、とても「オリジナル」な魅力を持ち、不器用で、嘘つきな女の子でした。
 常に鼻炎で鼻をすすり上げている静流は誠人のコンプレックスには気づきません。そのことも幸いして、二人は急速に近づいていきます。人と触れ合うことに慣れていない誠人は初め戸惑いを覚えるものの、すぐに「友達」として静流を受け入れていきます。

 静流がふとこぼした言葉に、こういうものがあります。

  「私はあの人が好き。それだけで成り立つなら、すごく簡単なことなのに」
  「それなら、世界の恋は全て成就するわ」

「片思いの惑星」があれば、というのです。
 片思いは、一種の完結された恋愛であると私は思います。相手を思うだけで嬉しくなれる、楽しくなれる、苦しくなれる、幸せになれる。その行為の中で感じることの出来る感情は、両思いのものとは違うかもしれませんが、それでもその感情経験は自分の人生において、血となり、骨となり、永遠に刻み込まれていくのです。だから「片思いの惑星」があって、その完結された恋愛が常に皆の中で成就されているとすれば、そんな幸せなことはないのかもしれません。
 しかし、残念ながら私達は「片思いの惑星」の住人ではありません。

   ねえ、と彼女が言った。
  「この地球に暮らす私たちは、これから何処へ行こうとしているのかしら?」

 何処へ行く?何処へ行くのでしょう。地球に住む私達の目の前には、いつも未来しかありません。今だけではなく、未来を見つめるのなら、一人より二人。片思いより、両思い。より幸せな未来を作り上げる為に、私達は恋を成就させようともがくのです。
 では、もし幸せな未来に向かうための恋が、自分の未来を奪うものだとしたら、自分がそれをわかっていたとしたら、さらにその恋さえもが叶いそうのないものだとしたら、私は、あなたは、その恋をどのようにするのでしょうか。


 この、市川拓司さんによる『恋愛寫眞 もうひとつの物語』は、映画『恋愛寫眞 College of Our Life』(監督=堤幸彦 2003年公開)の脚本から書き下ろされたオリジナル作品ですが、物語の展開としては別物で、さらにこの小説を元に『ただ、君を愛してる』(監督=新城毅彦 2006年公開)という映画が作られました。
「天国」と呼ぶ自然公園を一つのキー地点に二人が紡ぎだす物語は、映画でも小説でも柔らかくて、切なくて、限りなく透明で優しい情景を私達に見せてくれます。
そのひとつひとつが、かけがえのない、「恋愛寫眞」。


 自分の手の中にある幸福に、早く気づいてあげたい。そう願いたくなるような一冊です。(文責:飯村)


恋愛寫眞―もうひとつの物語 (小学館文庫)恋愛寫眞―もうひとつの物語 (小学館文庫)
(2008/10/07)
市川 拓司

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法政大学国文学会が発行する文芸誌「法政文芸」編集委員によるブログ。編集の様子やオススメ本の紹介など、個性豊かに発信していきます。法政文芸のバックナンバー、その他のご質問はこちらまで→hosei.bungei@gmail.com

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