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【レビュー】 『青が散る』 宮本輝


 青春とは一度だけ人生に現れる儚い季節のことである。
『青が散る』は、一九八二年に刊行された宮本輝の青春小説。すでにドラマ化もされており、当時から青春小説として根強い人気を誇っている。新設大学のテニス部員椎名燎平が大学に入学してから卒業するまでを描いた作品であり、彼をめぐる友情や恋愛、スポーツなど全ての青春の要素が詰まった作品である。

 夏子との運命的な出会いから始まり、二人の淡い恋の行方や、金子との友情、テニス部を創設し大会を目指していく姿は、まさに青春しているのであり、それぞれが一つ一つで十分に小説ととなるような魅力を持っている。ここで一つ場面を引用するが、この場面の美しさは傑出している。そしてまた同時に儚さや切なささえも滲みだしている。

 夏子はあたりをうかがい、それから笑顔を浮かべて近寄って来、両腕で遼平の顔をかかえ込んで、頬に長いこと唇をつけていた。夏子の全身を包んでいる細かな水滴が、遼平にまといついている水滴と混ざり合ってつぶれ、そこだけ液体になって濡れそぼった。


 父親を亡くした夏子を送り届けた燎平にお礼だと言ってキスをする。もう一度と冗談交じりにねだると、こんどは夏子の長いキスによって、霧雨のせいで二人にまとわりついていた細かな水滴が触れ合って一つの水滴へと変わる。ここにこそ青春の、恋の儚い一瞬が凝縮されているのであり、それをこうした二人の心理には触れず、情景描写のみで書き表そうとした作者の類まれなるセンスを感じる。

 まさに青春小説の金字塔とも言えるこの作品だが、その評価すべきは青春の「散る」までを描きったところにある。タイトルの『青が散る』とはまさに「青」春が「散る」ということなのだ。

 燎平は大学の四年間を振り返って「恥ずかしい時代」だったと言う。その「恥ずかしかった」大学生活を終え、「青春」を終えてしまった燎平はもう夏子に手を伸ばすことができなかった。また夏子の目からはもう「不思議な緑」が喪われてしまっている。燎平が夏子に恋をしていた時代は終わってしまったのだ。そしてそれぞれの登場人物もそれぞれに何かを喪ってしまっている。そうした虚しさのなかで、青春が散っていくことが確認されてしまうことで物語は閉じてしまう。

 青春とは一度だけなのだと確認させる小説。それは残酷ではあるが、その残酷さの裏には、一度しかない時代の美しさがたしかにあるのだ。(文責:伏見)


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No title

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
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Author:法政文芸編集委員会
法政大学国文学会が発行する文芸誌「法政文芸」編集委員によるブログ。編集の様子やオススメ本の紹介など、個性豊かに発信していきます。法政文芸のバックナンバー、その他のご質問はこちらまで→hosei.bungei@gmail.com

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