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書き手として法政文芸を見る

こんにちは。学生編集長です。
今日は法政の文学研究会が、ゆきかぜ学祭号の製本をしていました。
できあがったゆきかぜを何部かもらってくるので、法政文芸のロッカーに入れておきますね。
同じ学生が書いた作品が載っているので、興味のある人はぜひ。
掌編セレクションにも選べるかもしれないからね。


ちなみに掌編セレクションという柱が法政文芸に加わったのは、第四号からです。
田中和生先生が以前仰られたお話では、「ゼミ誌だけではなく、法政大学で発行されている創作関係の冊子を集めて、そこから良い作品を載せていくのが、掌編セレクションの理想だ」ということでした。
四年生の卒業制作だけではなく、文芸コースに属していない学生でも、自分の作品を公に発表できる場があるというのは、良いことだと僕は思います。


もちろん、編集委員としてもそう思いますが、一人の書き手としても、同じ思いです。
やっぱり自分の書いた作品が本に載って、人の目に触れたなら嬉しい。
初対面の人に「文章の書き手」、と呼べるほどには僕は素晴らしい創作をできるわけではありませんが、小説やエッセイを書く、もっと言えばこうやってブログを書くことも、広い意味で書き手という範囲に含んでもいいと、僕は思います。何かものを書いて、それを他人に公表できるという条件がそろえば、人は誰しも書き手たるのではないでしょうか。
しかし、創作というからには論文はちと違うんじゃないかな、と感じますが(笑)


書き手としての自分が一番うれしいことは、小説やエッセイを書いてみて「お、これはまあまあだぞ」と思った作品が、手にとって読める冊子となって、誰かに読まれることです。
たぶん、「書き手の喜び」は人それぞれ違うと思いますし、どういう喜びが正しいのか妥当であるのかといった答えはないと思います。あたかも、人それぞれにとっての幸福の意味が異なるように。


僕はブログの記事を書いて、それが他人に読まれることも嬉しいのですが、更に幸福を感じるのは、自分の作品が手にとれる冊子形式(マテリアル)として現前することです。
ワードソフトで原稿を書くのも良いけれど、それをデータとして保存しておくだけではなくて、原稿用紙設定したA4用紙に印刷してホッチキスで留めると、綴った文字がリアリティを持ちます。
そういうのは、やっぱり画面上で見るよりも、迫真性がある。
目に見える冊子になっている、という事実が大事なのでしょうね。


法政文芸の掌編セレクションは、法政の学生の「私の作品が本に載って、誰かの目に届けば嬉しいな」という想いを届ける、大切なコンテンツのひとつです。
それを学生編集委員が選ぶのだから、これはもう、妥協は許されない!


法政文芸のあり方を考える上で、「私の作品を載せ、それが誰かに読まれる」という想いは大事なことです。だからこそ、載せる文章に時間と人をかけて校正をし、ベストな状態で大勢の人目に触れるようにしなければならない。それは法政文芸だけではなく、一般に流通している書籍も同じだと思います。
そしてその想いを、冊子という目に見える形として丁寧にパッケージし、誰かに届ける仲介となるのが、法政文芸の中での、編集という仕事だと思います。


さて、今日も長々と書いてしまいました!
どうも、毎回固い話になりがちで申し訳ないです^^;
誰か他の編集委員も更新してくれないかなあ……。
では、今日はこれにて!

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法政文芸編集委員会

Author:法政文芸編集委員会
法政大学国文学会が発行する文芸誌「法政文芸」編集委員によるブログ。編集の様子やオススメ本の紹介など、個性豊かに発信していきます。法政文芸のバックナンバー、その他のご質問はこちらまで→hosei.bungei@gmail.com

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