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小川洋子『凍りついた香り』レビュー

こんにちは、学生編集長です。
久々にレビューです。
小川洋子さんの『凍りついた香り』。
幻冬舎文庫より、初版は平成13年8月25日。

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今年の夏、法政文芸のメンバーで箱根へ合宿へ行ったのですが、その際、ポーラ美術館とラリック美術館に訪れました。
ふたつの博物館で共通して展示してあるものが、香水瓶です。
ポーラ美術館は、化粧品会社のPOLAの所有する博物館ですから、女性ファッションの進歩とともにあった香水とそれを詰めるための美しい瓶を、常設展示していました。
ルネ・ラリックは19世紀から20世紀にわたり活躍した、フランスのジュエリーデザイナーです。彼はまたガラス工芸家でもあったので、彼の作品には多くのガラス工芸があります。そのうちのひとつが、香水瓶です。


そして、今回紹介する『凍りついた香り』でも、重要なキーワードとなってくるのが香水です。
彼である調香師の弘之を自殺で亡くした涼子は、彼の作っていた香水のメモをもとに、彼がなぜ自分のもとから永遠に手の届かない場所へ逝ってしまったのかを、紐解こうとします。
「締め切った書庫、埃を含んだ光。凍ったばかりの明け方の湖。緩やかな曲線を描く遺髪。古びて色の抜けた、けれどまだ十分に柔らかいビロード」……弘之が残した香りのイメージです。
そのイメージを追って涼子は、彼の生きていたころの足跡をたどっていきます。


香りが持つのは、いつだって過去の記憶です。
人は香りを吸い込むとき、過去の印象や記憶しか思い出せません。
進むべき未来は、香りの中にはないのです。
自殺してしまった弘之の影は、いつまでも涼子の身の深くに刻み込まれて、彼女は日常を活動しているけれど、精神的には全くと言っていいほど、前には進んでいません。
失ってしまってからはじめて、弘之の足跡をたどることで、彼女はあるひとつの救いのようなものを、ミルラに浸された孔雀の美しく儚げな心臓から得ます。孔雀は香水と同じく、過去をつかさどる番人としてこの物語では描かれていて、涼子は孔雀の心臓を通して、過去に触れるのです。あたかも、香水瓶に顔を寄せて、その香りが生み出す過去に身を浸すように。
凍りついた過去をゆっくりと溶かしていくことで、涼子は本来の意味での、前へ向かって生きるということを見つけるのです。……彼女は自覚していないかもしれませんが。


小川洋子さんの本で有名なものと言えば、『博士の愛した数式』です。
『凍りついた香り』でもモチーフとして、『数学』が挙げられます。
小川さんの作品が織りなす世界観は、美しく秩序立っています。
それは、どことなく数学の揺るがなさを表現しているようで、僕はとても好きです。どこまでも純粋で、透明で、しかしその裏に複雑な密度を孕んでいる。明け方のスケートリンクのように静寂としつつも、その氷の板は圧倒的に重厚なように。


死者からはじまる物語といえば、推理探偵ものが多いけれど、『凍りついた香り』はただひとつの真実を導くというよりも、死という結末を受け入れるための物語、だと思います。
数的世界を利用した清冽な世界観であるのに反して、物語で描かれる人間は、感情の強さや豊かさをたくさん持っていて、彼女らを見ているとじんわりと暖かいものが胸に溢れます。
暖かいけど、どことなくせつなげで、夕焼けのように儚い。
そんな、小説でした。


では、今日はこれにて!

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Author:法政文芸編集委員会
法政大学国文学会が発行する文芸誌「法政文芸」編集委員によるブログ。編集の様子やオススメ本の紹介など、個性豊かに発信していきます。法政文芸のバックナンバー、その他のご質問はこちらまで→hosei.bungei@gmail.com

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